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塾長あいさつ <このサイトを立ち上げた理由>

 

 みなさん、こんにちは。このサイトを運営している、白河夜船(しらかわ よふね)と申します。いくつかの予備校で、高校生や浪人生に実際に小論文や英語を教えています。

 このサイトを作った理由の説明として、まずは厳しい「現実」の話から始めたいと思います。

 10年ほど前から、小中高で学ぶ内容が約2~3割削減されました。いわゆる「ゆとり教育」です。これが導入されるときに、当時文部科学省にいた寺脇研(てらわき けん)という官僚(役人)などが、盛んにテレビなどのメディアに出ては

「教える内容を減らしても、空いた時間を有効活用することで、『考える力』がもっと身につくのだから、学力は上がるのだ!」

と連呼していたのですが、現場で生徒たちに小論文を教えていても、ゆとり教育のせいで、生徒の「考える力」は約10年前と比べて、全く上がっていないどころか、むしろ下がっていると強く感じています。いわゆる「学力低下」です。

 この原因はおそらく、小中高で、ゆとり教育のせいで空いた時間を、自分の考えを整理したり、表現したりする授業に振り分けたり、家庭学習としてそういう作業をするように指導できていないからなのだろうと想像します。

 

 ただ、その原因としては、ゆとり教育だけでなく、約10年前から急速に進んできた「少子化」と、それに伴って、大学さえ選ばなければ、誰でも、どこかの4年制大学には入れるようになっているという、いわゆる「大学全入(だいがくぜんにゅう)」時代の到来という側面もあるということにも注意しなければなりません。実際に、数だけで見ると、日本の全大学の募集人員の方が、大学進学を希望する高校生の数より多くなっています。それだけ、大学の数から見ると、学生の数が減っているのです。

 そうなると、大学としては、学生数を確保しないと経営が成り立ちませんから、われ先にと学生を集めようとします。ところが大学の学費は一般的に私立高校よりもはるかに高く、一学生あたり、私立文系でも年間約100万円ほどかかります。大学側は、これだけ高額な学費を納めてくれる学生を確保しようと必死にならざるを得ません。そうなると、学力が高い学生よりも、「うちの大学を辞めない、うちの学校が大好きな学生」を集める方が、大学にとっては経営的に安定するということに気づき始めました。学力よりも、うちの大学を辞めない学生を集めたい。そういう大学側の狙いが、「推薦・AO入試全盛時代」という現状につながっているのです。意外に思われるかも知れませんが、約10年前は、クラスの2割も3割も、推薦で大学が決まるということはありませんでした(特に基礎クラスの方が、クラスによっては、半分以上が推薦によって大学合格が決まってしまいます)。以前は、9割以上の受験生は、推薦以外の手段、すなわち「一般入試」によって大学受験をしていました。

 こうして見てみると、今の受験生、特に基礎学力が足りていない層の方がむしろ、大学入試で「必死に努力する経験」をあまり積まずに、その内情がはっきりしない「推薦・AO入試システム」によって、大学に合格してしまうわけです。このような、少子化と大学側の事情というものも、生徒の一般的な学力低下に一層拍車をかけていると考えられます。

 こういう状況をわかりやすくするために、一般的な高校で起こっているであろう現象を、簡単に具体化してみましょう。

 

◆第1段階 高校(特に私立高校)では、高1,高2から、学校の定期テストや平常点がそこそこ高い生徒のために、私立大学の推薦枠が豊富に用意されている。そのせいで、高校生は「大学入試」のために勉強をするのではなく、「定期テスト」のために勉強をするという風に、学習姿勢が変わってきた。

◆第2段階 推薦ではない、大学の「一般入試」に比べると、定期テストははるかに易しいし、何より「一夜漬け」がある程度可能である。推薦入試の増加によって、まるで中学のように、「一夜漬けを繰り返せば学校のテストなら点数が取れる。よし、一夜漬けをがんばろう」という高校生が増えてきた。

◆第3段階 その結果、推薦入試を狙う、クラスの上位の生徒たちは、継続的な学習を軽視するようになり、とにかく「一夜漬け」が得意な脳みそに変わってきた。逆に、「継続的に、コツコツ英単語を覚えたり、一つのことをじっくり考える」という習慣は「ムダなこと」として、無意識のうちになくなってきた。余った時間も「考える力」に回るわけでもない。友人とメールをしたり、ケータイゲームをやっていれば、時間はいくらでもつぶせるのだから。

◆第4段階 クラスの上位の生徒がそういう様子だと、推薦が狙えないクラスの中位~下位の生徒も、「あいつらがあの程度の成績なんだから、俺たちもそんなに勉強しなくても合格できるだろう」などと、大学入試の難しさ自体を軽く見るようになる。その結果、継続的な努力をなおさらしなくなるのだから、一般入試を狙う生徒の学力も、全体的に落ちてきた。

◆第5段階 大学入試は相対的な試験なので、一般入試の受験者層全体の学力が落ちていけば、合格するために必要な学力も、それに合わせて落ちていく。その結果、約10年前と比べても、早稲田・慶応・東京大学・国公立大医学部の全てを含めても、合格に必要な学力は格段に落ちてきた。

 

 いかがでしょうか。この流れは、現場で教えていて、理屈だけでなく肌で感じることです。

「なんだぁ!じゃあ、僕(私)も、本気になればすぐに早稲田くらいは一般入試で行けるじゃないか!ラッキー!!」

と思った人がいるかも知れません。しかし、大きな問題が二つあります。

 

★問題1 「本気になればすぐに」と言うが、それだけ下がった合格ラインにでさえ、なかなか達しえないほどに、高3スタート時の、高校生の基礎学力は落ちている。

 例えば、英語で言えば、中1で学んだはずの「三単現のs」がどのようなものかを他人に説明できなかったり、正確に使いこなすことができない生徒でも、そこそこ英語が好きであれば、ふつうの「高3生」でも、偏差値50程度は取れてしまいます。それだけ、ただの一夜漬けで解けるような問題ばかりが出ているのが今のほとんどの高校のテストだと思っていただいてかまいません。では、そんな生徒が本気になればすぐに以下の問題が解けるかというと、なかなか厳しいのです。試しにこの問題を10秒で解いて下さい。

 例題 最も適切なものを選べ。
 Playing tennis ( make / makes / to make / making ) me happy.

 

 いかがですか?この問題は、厳しく見ても中3レベルの問題、ヘタをすると「中1」レベルの問題なのですが、高3で「偏差値50」の生徒が、これが10秒で解ける確率は半分以下だと思います。逆に言えば、こういうレベルの問題が瞬間的に解け、その答えの「理由」を「正確」に他人に説明できるくらいでないと、偏差値を60以上で安定させることはかなり難しいのです。特に、大学入試特有の「正誤問題(どこが間違っているかを当てる問題)」や、「整序問題(語句を並べ替えて正しい英文を作る問題)」が、高校入試と比べて格段に難しく感じられるようになります。

 したがって、「合格ラインが落ちている以上に、一般的な生徒の基礎学力は約10年前と比べても、さらに落ちている」と思って取り組む方が良いでしょう。ということは、「本気でがんばる」の「本気」というのも、10年ぐらい前の「本気」では足りないということです。まさしく、高校入試どころではない「本当の本気」が必要となると考えていただきたいと思います。

 

★問題2 推薦も含めて、なんとか第1志望の大学に入れたとしても、就職がなかなかうまく行っていないということ。

 理系の学生は、大学に入ってもほとんどがさらに2年間、大学の次にある「大学院」というところで、「修士課程」まで進んで研究を行う場合が多いですから、「修士修了時」ということになりますが、文系理系や大学の名前や偏差値とはあまり関係なく、就職活動がうまく行っていない学生の割合が高くなってきています。

 今でも盛んに「来春の大学卒業生の就職決定率が戦後最も低い」であるとか「戦後○番目に低い」などのニュースが報道されていますが、企業側から見ると、これも10年以上前と比べて、「ただ働けるだけという人材はいらない」という事情が影響しています。

 今から約20年ほど前に「バブル経済」というものが破綻しましたが、バブルがはじけた数年後くらいまでは、日本の人口は多少なりとも増加傾向にありましたし、日本の技術レベルは、まだ近隣諸国に比べると多少は有利な状況でした。そういう社会では、「日本でより多くのモノを生産すれば、日本でも海外でもそのモノはより多く売れる」という認識が企業の中でも大半を示していました。そのような時代では、ある程度は海外に生産拠点を移しても、日本国内でモノを作ろうという意識は残っていたと思われます。

 しかし、近隣諸国の技術レベルが大幅に上がったせいで、日本で、日本人を使って生産を行うメリットはほとんどなくなってしまいました。それと同時に、いわゆる「グローバル化」という流れの中で、比較的賃金の安い近隣諸国に生産拠点のほとんどを移し、日本国内ではその管理・統制のみを行うという「生産の空洞化」という現象が、この10年でかなり支配的になってきました。こういう状況では、昔のように、まだ若い20代のうちは、一労働者として、生産をしながら少しずつ技術を覚え、30代以降に管理職として管理業務に携わるという「従来の日本的企業モデル」がほとんど成立しなくなったのです。多くの企業が、就職説明会などで大学生に対し、

「ただの労働力として働ける人はいらない。『即戦力』として、我が社に利益をもたらすことのできる学生を求めている。」

と発言しているのは、ウソでもデタラメでもなく、正真正銘の事実なのです。ただ、多くの学生にとって、「即戦力」という言葉のイメージが浮かばず、ただ体育会系出身だから体力があるとか、ただ資格をいくつか取ったであるとか、そういうレベルでしか受け止められていないせいで、就職がうまく行っていない場合が多いと思います。

 では、農林水産業のような、昔と比べて働き方があまり変わっていないように見える分野ではどうなのでしょうか。残念ながら、こういう状況はあまり変わりません。例えば農業について考えてみましょう。よく、だれも耕していない「耕作放棄地」を使えば、日本の食料自給率は格段に上がるというイメージを持つ人がいますが、耕作放棄地を全て使っても、食料自給率はわずかしか上がりません。そういう耕作放棄地は、元は段々畑であったなど、もともと農業を行うにはコストが高くなるせいで耕作が放棄されたなどの事情もあります。それよりも、他国より一農家あたりの耕作面積が格段に小さいために、現在の日本の農業は、もともと黒字体質になりにくいという構造的側面が大きいわけです。言い換えれば、「農家の跡取りがいない」と言われ続けているにもかかわらず、実際には、農業を黒字体質にするには、農業従事者の数がこれでもまだ多すぎるくらいなのです。今後、農業に関しても、ただ「労働力として働く農民」としてではなく、今後起こるであろう、農地の集約・大規模化に耐えうる戦略立案能力と実行力を持った、「戦略的に考え、行動できる農家」が求められていくと言えるでしょう。

 

いかがでしょうか。このように、ただ就職状況だけでなく、日本の産業全体を取り巻く環境自体が、20年前のバブルが崩壊したときや、10年前の、ゆとり教育が導入されてもまだ日本に技術的アドバンテージがあったときと比べても、かなり厳しい状況であることを理解していただきたいです。だとすれば、

「就職は大学に入ってからゆっくり考えたい。とりあえず大学では遊ぼう。」

などと悠長(ゆうちょう)に構えていると、たちまち大学3年になり、就職活動が全くうまく行かないままもう卒業しなければならない、けれども卒業すると「新卒」扱いにならないので、就職活動のためにわざと留年するという結果になりかねないのです。しかも、留年したからと言って就職活動がうまく行くという保証は全くありません。

 

だとすると、今後の厳しい日本を取り巻く状況で、就職だけでなく、その会社でキャリア(経歴、経験)を積み重ね、状況の変化に柔軟に対応できる人材になるためには、大学を決める高校生の時点で、

 社会を見つめ、分析する力

 自分を見つめ、分析する力

を養っておくことが極めて重要になるということもご理解いただけると思います。

 日本の大学で、慶應義塾大学だけが、ほとんどの学部で大学入試で小論文を課しているのも、小論文という科目で、上記の二つの力が、「素地(まだできあがってなくて良いという意味)」として、どのくらい身についているかを試そうとしていると推測できます。小論文の答案を、一気に数千人分も点数評価するのはみなさんが思っている以上に大変なのですが、小論文という科目には、その労力をかける価値があると慶応大学は判断しているわけです。そのせいか、慶応大学出身者の企業からの評価は平均的に高いようです。単に「先輩からのコネ」で就職が良い、というわけではないのです。

 

 また、推薦対策としてこのページをご覧になった生徒さんも、ただ

 楽に大学に合格できればよい

という発想で推薦入試を捉えてしまうと、あとで「しっぺ返し」をくらうのは他ならぬ「自分」である、ということもご理解いただけたと思います。推薦入試を、

 自分(なぜ自分はその大学、学部に行きたいのか。将来は何をしたいのか)
 と
 社会(今の日本や世界はどうなっており、自分はどのように社会に貢献したいのか)

を見つめる場として、大いに「活用」してもらえればと思います。

 

 ちなみに、東京には、推薦やAO入試に極めて力を入れている予備校があります。「大学に入っても使える学力を!」などのキャッチフレーズでおわかりかと思います。しかし、そういう予備校は、学費が高すぎますし、何より関東地方の生徒さんしか通えません。関東に住み、なおかつ年間100~200万円ほどを喜んで払える、という生徒さんは、通塾式のそういう予備校に通えば良いとも思いますが、私は、いわゆる「富裕層」だけにそういう指導をするのは、ただ貧富の格差を広げるだけだと考え、そういう理由もあってこういうサイトを立ち上げました。もちろん、このサイトにも有料のサービスがありますが、予備校に通うことに比べれば微々たるものだと思います。その意味でも、このサイトを大いに活用していただきたいと思います(もちろん私はその予備校とは一切関係がありません)。

 

 いささか長くなりましたが、このサイトを、単に「できるだけ楽に大学を合格できさえすればよい場」としてではなく、「自分と社会の今までとこれから」を見つめて行動するための場としてもとらえていただければ幸いです。

 

白河塾 塾長
白河夜船

 

※上の例題の答えは、makesです。 “playing tennis”は、「三人称」の表現です。
問題文訳「テニスをすることは、私を幸せにさせてくれる。」

 

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