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小論文ネット講座 書き方編 第1講-2 

段落についてつっこんで考えてみる

§2-3は、初心者にとってはやや難しい内容です。最初に読むときは読み飛ばしてもかまいません。1,2回添削を受けてから読むといいでしょう。


§2-1 段落とは「文章内での役割分担を明確にしたもの」である。

 例えば私は、課題文型の問題であれば「最初に課題文の要約を書きなさい」と指導しています。もし、あなたがこの指導どおりに小論文を書くとしたら、きっと「課題文の要約を終えたら一息つけるぞ」と思うことでしょう。その感覚です。「一息つけるところ」から、次の「一息つけるところ」までが、「一つの文章のカタマリ=段落」というのが、「段落」を理解する最初の一歩です。

 さらに、「次に書くべきことは自分の結論だ」と指導しています。その次は「主要な根拠を書け」と指導しています(以下省略)。上と同様に、あなたがこの指導どおりに小論文を書くとしたら、

・自分の結論を書いたら「ひとかたまり」
・主要な根拠を書いたら「ひとかたまり」

という認識を持つと思います。このように、カタマリ感覚を持つようにすべきです。これが、「段落感覚」というものです。

 今度は、ここまでの「指導」の方を見直してみます。私は、まず「課題文の要約」、次に「自分の結論」、次に「主要な根拠」を書けと指導しています。この、「課題文の要約」、「自分の結論」、「主要な根拠」という言葉のそれぞれは、自分が書こうとしている小論文の中の、「それぞれの役割の名前」になっていることがわかると思います。

 

段落のイメージ比較の図

<図 多くの「ぐちゃぐちゃした小論文」と、数少ない「段落意識を持った小論文」>

 

 ということは、「段落を分けて書きなさい」という指導は、言い換えれば、「自分が書いている文章の中での、それぞれの『カタマリの役割』を意識して書きなさい」という指導と同じである、ということになります。逆に言えば、「段落分けがうまくできない」、あるいは「段落って何なのかがわからない」という悩みは、「自分が書こうとしている文章において、『ここからここまでは○○、次のここからここまでは○○』というような、『カタマリの役割』が意識できていない」ということになります。

 ということは、「段落」がうまく使いこなせるようになるための次のステップは、

・実際に小論文を書くときに、「ここからここまでは○○、次のここからここまでは○○」という、「それぞれのカタマリの役割」を意識すること

となるわけです。例えば、「要約」「結論」「主要な根拠」「具体例」「予想反論」「再反論」「補足」「まとめ」などの言葉すら知らない生徒さんも実際にいるでしょうから、名前をつけて、それぞれのカタマリの役割を分けられない生徒さんがいるのも無理からぬことです。文章構成のコツについては別の場所で説明しますから、ここでは、とりあえず、上の「要約」とか「結論」などの言葉を使いながら、「今自分は○○を書いているんだ」と、心の中でつぶやきながら小論文を書くようにして下さい。

 ここまで来れば、読み手にとって、あなたが何を言いたいのかわからない文章がダラダラ続くという、構成面ではほぼ最低の点数にならざるをえない弱点が、少しずつ克服できるようになってきます。

 ちなみに、「結論」と「主要な根拠」は、それぞれ短く書くことが多いので、合わせて1段落で書く、ということが多いです。ただ、それも経験を積むことでわかってきます。ここまで読んでくれた人は、頭でっかちになりすぎずに、実際に小論文を書いてみることをおすすめします。ただ、基本は

・段落は、分けなさすぎるよりも、分けすぎるくらいからスタートする方が良い。

と思っておいて下さい。私の添削も、中級者まではこういう方針でいきます。

 

 

§2-2 だから、自分の文章を戦略的に展開する必要がある。それができれば、自然と段落は読みやすく分かれてくる。

 小論文に書き慣れてくると、「先生はこの順で書けと言っているけど、この問題に限っては、こう書きたい!」などという気持ちにもなってきます。その場合も、「自分がどこで何を書こうとしているか」が自分で意識できていれば、「カタマリ感=段落感覚」は自然と再現できるわけですから、段落は見やすく分けられているだろうと、先生である私は期待しています。

 ということは、自由に書きたいからと言って、「ここで結論を書いている」などの気持ちがないままに書いてしまうと、今まで学んできたことがたちまち無に帰してしまいます。段落感覚は、小論文を入試で使う当日まで持ち続けなければなりません。また、各段落がどんな役割を持っているかを意識しながら文章を書くということは、読者に、自分の主張をより効率的に、わかりやすく伝えようとしているという点で、戦略的に自分の文章を書くことにそのものなのだということをも知っておくと良いでしょう。

※日本では、「わかりにくく書いてある文章=頭の良い人が書いた文章」という考え方がけっこうあるようですね。そこを逆手にとって、あえてわかりにくく書くことが、小論文の秘訣だと勘違いしている生徒さんもたまにいます。これは完全に間違いです。もっと始末が悪いのは、英語の英作文の分野では、「わざと難しい文法を使うこと=高得点のポイント」などと思っている生徒さんがかなり多いという点です。これも完全に間違いであると指摘しておきます。

 ウソだと思うのなら、例えば東大生のための英語の教科書である"the universe of English"という本が、大きな本屋では市販されていますから、試しに立ち読みしてみると良いでしょう。実にシンプルな英語で書かれています。難しい書き方をしているところは、そういう書き方でなければ、筆者の言いたいことを正確に伝えられないからそう書いているだけです。つまり、英作文でも、「難しい文法を使う必然性」がない限りは、シンプルな英語で全くかまわないどころか、シンプルな英語の方が「わかりやすい(communicative)」という点で評価が高いのです。

・小論文でも英作文でも、「わかりやすい」ことが「価値=評価ポイント」である。

ということがおわかりいただけたでしょうか。

 

 

§2-3 段落を分けるという作業は、「思考を分節化する作業」でもある。

 段落を分けて小論文を書くという作業は、自然と、課題文や問題を読んで構想を練るときにも役立ちます。小論文に書くことに慣れていない多くの生徒さんは、課題文を読んでも

「これはいいこと!」

または

「これはひどい」

と感じることしかできないことが多いです。だから分量が書けないわけです。これは言わば「感情的反応」の段階であって、「結論」でもなければ、「主張」でもない状態なわけです。この状態のまま、「確かに~、しかし・・・」構文などを使って、分量だけブヨブヨ増やしても、それは得点増加に一切つながらないというのもおわかりいただけるでしょう。なぜなら、ちゃんと書けている小論文は、「ここが結論でここが具体例で…」などと、どのカタマリがどんな役割を果たしているかが、明確にわかるのですから。こういう現状ですから、小論文は、高得点者と低得点者で天と地ほどの差がついているわけです。

 話を本筋に戻しますが、清書する前に構想を練るときにも、段落という発想は役に立ちます。ある課題文を読んだとき、

「筆者の言っている通りだ!」

と「感じた」のなら、すかさずその自分に

「なぜ?なぜ自分は筆者の言っている通りだと感じたの?」・・・①

あるいは

「どのように?『筆者の言っている通りだ』とはどういうことなの?」・・・②

と、自分に問いかけることができるようになります。「自問自答」というプロセスです。

 段落を意識することで、「課題文を要約したら自分の『結論』を書かなきゃ!」という気持ちに自然になることができます。その「結論」を書くときに、「筆者の言っている通りだ!」という思いをただ書くだけでいいのか?という疑問が自然と出てくるわけです。もう少し詳しく言うと、

「『筆者の言っているとおりだ!』ってオレ、思ったけど、それが結論ってことは、どういうことなんだ?そこんとこをハッキリさせて書かないと、読者に突っ込まれるかもしれないぞ??」

こういう風に、自問自答ができるようになるわけです。それが上の②の問いかけなわけです。

 同様に、上の①の問いかけは、「結論を書いたら、その後に主要な根拠を書かないと!」という思いがあるからこそできるわけです。文章を書くために必要な「パーツ」がわかっているからこそ、構想を練る段階でも、自分が感じたこと(=「感情」)を、「結論」や「根拠」、「具体例」などに「分ける」ことができるわけです。このように、自分の考えを、より小さなパーツに分けて行くことを「分節化」と言います(もっと言えば、「分析」の一つです)。段落への意識が高まるということは、文章内の各パーツへの意識と、そのパーツどうしの関係への意識が高まり、その結果として、自然と自分の思考を分節化しようとするべく、自問自答しやすくなるのです。

 このように、小論文を書くときに、自分の感情を分節化する練習を積むことで、自然と「感情」から「論理」のレベルに、自分の思考がレベルアップしてゆくことも感じることができるようになります。例えば、

「筆者に同情したい」=「筆者に賛成」 でもなければ、
「この筆者むかつく」=「筆者に反対」 でもない

のです。筆者の問題提起であるとか、筆者の結論や文章が、あなたの感情を負の方向に逆立てるようなものだったとしても、その自分の思いを分節化し、筆者の主張を冷静に追いかけ直すことで、実は冷静に、「論理的」に考えると、「今の自分では、筆者の主張には反論できないな」という結論に至るということも多いです。

 その逆に、いかにも正しそうなことを筆者が言っていても、その自分の「正しそうだ」という思いを分節化し、改めて課題文を分析し直すと、実は「論理的」にはとんでもなくおかしな主張をしている、と気づくことも多いのです。

 「感情と論理は別物」と口ではよく言いますが、生徒さんの小論文を添削していると、感情をただ字数だけ増やして書いているだけの「見た目だけ小論文」が実に多いわけです。そこで、まとめとしてあえてここで言わせて下さい。

・段落意識を高め、自分の感情を冷静に検証することで、「感情」と「論理」を分けられるようになろう。

 ずいぶんと長くなりました。大変お疲れさまでした。段落についてはここまでとしましょう。

 

 

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