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ネットで小論文講座 基礎編 第8講

【具体例を「具体的」に考えると、自然と「自分の生きざま」にかかわる(論理の三角形もやるよ!)

 

§1 一般の小論文でも、具体例を具体的に考えることが重要

 前回の続きになります。前回は、志望理由書や自己推薦書によく出てくる文例を使って解説したので、ついつい「ああ、自分の体験を書くのは推薦系だけね」と思ってしまった生徒さんもいるかも知れません。そこで今回は、推薦系ではない「小論文」でも、問題を具体化するにはまるで「自分の問題」であるかのように、自分自身に引きつけて考えることが重要だということを伝えたいと思います。

 そこで、いきなり問題を出したいと思います。しかも、今までにない長さの課題文がついています(これでも小論文の課題文としてはかなり短い方ですが)。自分なりに考えて、「自分ならどう主張するか」をイメージして下さい。もちろん、実際に小論文を書いてもらってもかまいませんし、字数制限も考えなくて良いです。

 

<例題> 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

 ある町の裏に、奥深い森がある。その森には、数多くの動物や鳥が棲んでおり、大きな川も流れている。ところがこの町は、例年夏になると水不足に悩まされる。また、町には大きな産業がなく、この森を利用して生計を立てないとやってゆけないような状況に追い込まれている。
 そのときに、ある開発計画がもちあがる。森の中を流れる川にダムを造って、町の水不足を解消しようというのだ。もちろん、森の一部はダムの底に沈んでしまうが、でも町の人々の生活にはかえられない。同時に、森の木々を計画的に伐採し、木材として売って産業にする。もちろん、切ったあとには植林をして、森林資源を絶やさないようにする。さらに、森の中に遊歩道やロープウェイをつくって、気楽にピクニックできるようにする。町の人々の憩いの場として利用できるし、都会からの観光客を呼ぶこともできるかもしれない。こうやって、森を人工的にうまく管理してゆけば、それは自然保護とも両立するはずだ。

 町民の意見は以下に示すように開発賛成派と反対派に分かれた。

開発賛成派の代表意見:「自然保護とは、そこに生きる人間が自然を賢く利用していけるように、自然を管理することだ。木を切りすぎて災害が起こらないような対策と資源管理ができれば、問題はない。飲み水の供給と観光収入で、住民の生活の質も向上するのだからけっこうな話だ。よそから来る人にも自然とふれあう機会ができるし、これこそ自然保護、自然との共生ではないか。」

開発反対派の代表意見:「ダムができれば森全体の生態系は破壊されてしまう。植林したとしても、もとの自然林が持っていた豊かな生態系を取り戻すことはできない。遊歩道などの施設を作ることも、破壊に変わりはない。人間が自分たちの利益のためだけに自然を作り変えることは、あってはならないことだ。施設から眺める自然も、人によって破壊された自然の残骸(ざんがい)でしかない。それを自然との共生というのは、勘違いもはなはだしい。」

 

 あなたはこの開発計画に対してどのように考えますか?「自然との共生」とはどういうことかを中心に述べなさい(時間、字数指定なし)。

 

 時間がない人は、①自分の主張(結論)と、②その主な理由(根拠)だけでも頭の中で作って下さい。もちろん、以前教えたように、読者にとってわからなさそうな言葉は自分なりに定義することと、読者である大学の先生なら、自分の主張にどういうツッコミを入れてくるかを予想すること(ツッコミ予想)を忘れずに。

 

 

 

§2 具体的に考えるって、やっぱり難しい

 さて解説です。この問題を生徒さんにやってもらったときに、ダントツに多い答案が以下のようなものです。

「 私はこの森の開発に反対だ。なぜなら、この森の生態系は、人間の手が少しでも入ってしまうと、もはや人間の手が入る前の生態系とは違ったものになってしまうからだ。自然との共生とは、人間が自然をありのまま残しておくことだからだ。課題文には水不足とあるが、この森の生態系を守ることの方が、環境を守るという意味でより重要である。少しくらいの水不足なら、町民が少しずつがまんすれば何とかなる。お互いに声をかけあって、みんなでがまんすべきだ。」

 以前、あるクラスでこの問題を解かせたときには、こういう答案が8割以上も出てきました。①森の開発に反対であり、②水不足はみんなががまんすべきである。③自然との共生とは、自然をありのままに残しておくことである。8割以上もの生徒さんが、この3点を揃って主張している小論文を書いてきたのです。開発に賛成という答案は、その時に出てきた答案約40枚のうち、1,2枚しかなかったと記憶しています。

 小論文に模範解答はないとよく言われます。小論文は他の科目とは違い、理由さえ成り立てば、どのような主張をしてもかまわないと。それはその通りです。だからこそ、上記の解答例において、「理由(根拠)」が理由(根拠)として、本当に成り立っているかを改めて検討してみてほしいのです。

 

 残念ながら、②の「水不足はみんなががまんすべきである」という部分が、「主張(~すべきである)」としても「事実(~である)」としても成り立っていません。したがって、森の開発には、程度の差こそあれ、賛成せざるを得ないという結論になります。

 なぜ「水不足はみんなががまんすべきである」が成り立たないのでしょうか?それは、私もあなたも水不足はがまんできないからです。もっと一般化して言えば、「誰もできないことだから」です。

 なぜ、「誰もできないことだ」と私は断言できるのでしょうか。答えは課題文の中にあります。

>ところがこの町は、例年夏になると水不足に悩まされる。

 課題文にこう書いてある以上は、この町の人々は、例年夏になると水不足に本当に悩んでいるものとして、自分の思考を進めていかなければならないのです。課題文の中で「~だ」と言い切っている部分は、数学で言えば「与えられた条件」の部分と同じで、そこを疑ってもしかたがないのです。どうです?「数学と同じ」と言われるとわかりやすいでしょ?論理と数学には似たような面が多いのですよ。

 さて、「具体化」してみて下さい、水不足とはどういうことかを。多くの生徒さんは、いわゆる朝シャンをやめるとか、歯磨きをしている間に水の流しっぱなしをやめるとか、そういうレベルの行動で水不足ががまんできると思っているようですが、実際は違います。水洗便所の普及率がほぼ100%となっている現代日本では、トイレで水を使う割合が一番多いのです。以下のグラフを見て下さい。朝シャンや歯磨きで必要な水というのは、私たちが普段使っている水の10%にも満たないのです。「チリも積もれば山となる」とよく言いますし、この答案でそのことわざを書いてきた生徒さんもたくさんいるのですが、水不足となれば話は別です。水が足りないということは、人の命にも関わることなのですから。

家庭用水の使い道

<グラフ「家庭用水の目的別使用割合」>

 

 だとすると、水不足でこの町の人たちが「がまんする」のは、第一に、水洗トイレの水を流すことです。ただ、水不足に悩まされるのは「夏」ですよ?夏に、水洗トイレの水をできるだけ流さないということは、トイレに入るたびに家族や他人の糞尿のニオイにがまんしながら用を足すということです。

 第二に、風呂に入ることをがまんすることになります。ペットボトルに水などを入れたものを湯舟に沈めて、風呂おけに入るお湯の量を多少減らしても、焼け石に水です。水不足で足りない水をひねり出す(「捻出する」といいます)ためには、夏なのに、風呂やシャワーに入る回数を減らすということです。今まで毎日シャワーか風呂に入っていたのを、この町の人は、これから夏は2日に1回しか入れなくするということです。 ニオイや汗のべたつきがあなたならきっと気になるでしょ?それと同じことをあなたは、他人に「がまんしろ」と真顔で言えるのですか?

 で、上に書いた3点を揃えて書いた8割の生徒さんの一人に、夏にこういう生活が本当にがまんできますか?と聞きました。しかし、その生徒さんは、うつむいて、首を横に振っただけだったのです。

 自分ができないこと、または自分がいやなことを、他人に押し付けてよいというのは、「根拠」としても、「主張」としても認められません。ですから、上記のような主張は「町民たちが水不足にがまんできるから、がまんすべきである」の、「水不足にがまんできるから」という「理由(根拠)」の部分が成立しないがために、主張としても成立しないのです。

 

 

§3 課題文に書かれていないことまで具体化して考えることの重要性

 課題文を具体化して考えるとは、例えばここまで書いたように考えるということなのです。課題文に書かれている、自分と反対側の意見(あなたが開発反対なら、開発賛成派の意見。あなたが開発賛成なら開発反対派の意見)だけを具体化すれば良いというわけではないのです。課題文に書かれていようが書かれていまいが、自分があるプラン(計画)を主張するときには、それがどういう結果を引き起こすかまで含めて、徹底的に具体化して考える必要があるのです。

 これを、今回のテーマに合うように言い換えるとこうなります。自分がある主張を、ある理由で「正しい」と述べる(「支持する」といいます)ときには、その理由が本当に成り立つのかを、「具体化」というプロセスで検証しなければならないと。

 さらに言い換えるとこうなります。自分がある主張を、ある理由で支持するときは、その理由が成立することを、具体例で示す必要もあるということです。ただ、「理屈上の理由」を述べるだけでは、ある主張が正しいかどうかはわからないのです。

 

 

§4 ディベート用語を使って、これらのことを整理する

 議論のゲームとして、あるテーマをめぐって賛成側と反対側に分かれて、同じ時間だけ主張をして優劣を競う「ディベート」が盛んなアメリカでは、このような「主張の成り立たせ方」を、以下のようにまとめています。知っておくと便利ですし、私の添削ではこういう言葉をよく使うので、ぜひ覚えてほしいと思います(もちろん日本語の方を)。

・「~すべきだ/すべきでない」「~することは良い/悪い」という部分を「主張(claim)」

・「~だからだ」という理由のうち、理屈上の理由のことを「論拠(warrant)」

・そして、その「論拠」が実際に成り立つことを示す事実のことを「事実(data)」

と呼びます。小論文の世界でも、主張を組み立てるときは、これらの言葉を組み合わせて、こういう三角形で表現することが多いです。これを、「論理の三角形」と呼びます。

論理の三角形の図

<図「論理の三角形」>

 どうですか、けっこう美しく見えるでしょ?(笑) 小論文の下書きをするときには、常に

・「自分は今何を言いたいのか?=主張は何か?」

・「その理屈上の根拠=論拠 は何か?」

・「それを示す、具体例 は何か?」

と自問自答する習慣をつけてほしいです。しつこいですが、読者である大学の教員に通じるレベルをめざして。

 

 これらの言葉を使うことで、以下のようにまとめることができます。


<中間まとめ1>

・主張を展開するときには、論拠だけでなく、事実も必要なことが多い。
小論文においては、事実は「具体例」と読みかえて良い。
実際に、自分ができなさそうなことを、論拠・事実・主張として使っても、採点者は認めない。

 

 さらに、考えるヒントとして、小論文に取り組むときは、必ず何でも具体化してものを考える習慣を身につけて下さい。問題がどういうことなのかが具体化されていない答案は、必ず「現実味がない」、きついときは「実現不可能」と、バッサリ斬り捨てられてしまいますから。いくら、「理想を追求することは大切だ」と訴えても、実現不可能な主張は、実現不可能なわけですから、認められないのです。慶応や東大後期など、抽象的な言葉が多用される課題文がよく出てくる大学では、こういう「具体化力」が必須能力の一つと言ってもいいくらいですから。

 また、ここまでを理解しながら読んでくれれば、冒頭に書いたように、推薦以外の小論文でも、具体例として自分の体験が活用できるのであれば、どんどん活用する方が良いということも、自然と理解できると思います。「自分ならどうするか」「自分は今までに似たような体験をしていなかったか」という角度でものを考えることは、とりもなおさず「具体的にものを考える」という作業をしていることに他ならないのですから。

 

※以前、ある生徒から、「小論文では『客観的』なことを書かなければならないので、自分の体験を書くなと学校の先生に言われたんですが」という相談を受けたことがあります。この場合、学校の先生が明確にまちがっているということです。理由は上に書いた通りです。主張が「客観的」ということは、「第三者からの反論に耐えうる」という意味であって、自分の体験を書くかどうかという問題とは全く関係がありません。

 

 

§5 具体例を書く力と、想像力を鍛えるためにニュースを見たり、新聞を読んだりしてほしい

 私が上記のように「この水不足をがまんすることは大変なことだ」と気づいたのも、私自身の体験ではありませんが、ニュースとして、よく四国の香川県が夏に水不足となり、隣の香川県や愛媛県に必死に水を回してもらうよう頼んでも、ほとんど回してもらえないということを聞いたことを覚えていたからです(四国の県の位置関係がわからない人は、グーグルマップなどで調べながら読んでほしいのですが)。香川県には大きな川がほとんどなく、昔から水不足に悩んできたので、いろいろな場所にため池を作っているのですが、それでも夏場に雨不足が二月以上続くと、四国で有名な「早明浦ダム(さめうらだむ)」が干上がってしまい、香川県に割り当てられている分の水がほとんどなくなってしまうのです。四国の残りの3県は、仮に早明浦ダムが干上がっても、他に水源があるので大丈夫なのですが、香川県はため池と早明浦ダムが干上がると、その他のダムからの水の供給が少ないため、極度の水不足に陥ってしまうのです。

 しかし、だからと言って私は隣の徳島県や愛媛県を非難しようとも思いません。徳島県や愛媛県にとっても、日照りがさらに続き、香川県に回した水のせいで自県の水が足りなくなったのでは、県としての責任問題だけでなく、実際の県民たちもかなり厳しい状況に立たされることになるのですから。このように、「水不足」という問題は、単にガマンすれば良いとか、余っているところからもらえばよいという単純なものではないのです。

 このように、早明浦ダムの話一つ知っているだけで、この課題文に書かれている「水不足」という状況や、水不足解消のためにダムを造る切実さについて、かなり簡単に推測することができます。これが、よく小論文対策として言われている「日々のニュースに触れ続けることの重要性」なのです。

 毎日とは言わないまでも、最低でも2日に1日は、最低でも20分はニュースを見たり聞いたり新聞を読んだりしないと、こういう「思考実験のためになるニュース」はなかなか記憶に残りません。と言うか、入試で小論文を使おうという生徒さんは、実際に世界で起こっている出来事に興味があるから小論文を書きたいと思っているのではないのですか?これも、実際に生徒さんに話を聞いてみると違うようですね。単に「小論文入試が楽だから」「(小論文を使わない)一般入試だと難しいから」そんな声もかなり聞きます。

 しかし、小論文入試をただ「楽な入試」ととらえ続ける限り、その人の小論文の力は永久に身につかないと断言しても良いです。現実世界に対する興味や関心が持てなければ、いくら2日に1日、20分間テレビの前に座りニュースを見たとしても、そもそも関心がないのですから、見たニュースが記憶にとどまる確率はかなり低いはずですから。推薦にせよ、一般入試にせよ、小論文が書けるようになりたいと本気で思うのであれば、政治や経済も含めて、「日本や世界にはどういうことで困っている人がいるのだろうか」という関心は少なくとも持てなければなりません。大学側としても、そういう「現実世界に対する関心」を持つ生徒だからこそ、この生徒は大学に入ってから積極的に行動してくれるだろうという期待を込めて小論文入試を課しているのですから。

 やや話がそれましたが、日々ニュースに触れておくことは、単に「ネタとしての具体例」を増やすだけでなく、「問題を具体化すること」にも役に立つということは、ぜひこの回で知っておいてほしいことです。これもまとめておきましょう。


<中間まとめ2>

・関心を持って日々ニュースに触れることは、小論文で提示される問題を具体化する重要な道具になる。社会科のようにムリヤリ覚えようとすると苦痛になるので、繰り返し目に触れるニュースに注目し、自分の関心に応じてネット検索なども活用すること。こういう姿勢は、大学に入ってから各種レポートを書くときにも、「問題意識が高い」という点で絶大な威力を発揮する。

 

 ちなみに、私がやや厳しい口調で「ニュースに触れろ!」と言ったからと言って、反対側に大きく振れるのも良くないことです。逆に張り切りすぎて、新聞の社説を書き写したり、例えば朝日新聞の「天声人語」というエッセイコーナーを書き写したりし始める生徒さんがたまにいるのですが、そういう作業は長続きしないだけでなく、効果もほとんどありません。断言して良いです。そんなわけで、「細く長く、気になったことはネットで調べて、どんどんブックマークしておく」という姿勢を持つ方が、長続きする分だけ「お得」な姿勢だと言えましょう。

 

 

<第8講 まとめ>

8-1 一般の小論文でも、課題文やグラフ、テーマとして与えられている事柄について、具体的に想像する力が求められる。

8-2 主張は、「自分でもできること」でなければならない。自分ができないことを「主張」や「事実」や「論拠」として使ってはならない。

8-3 具体化力(ものごとを具体化する力)の訓練として、日々ニュースに触れるようにしよう。触れているニュースの中で、気になったことはメモを取り、インターネットで検索し、その気になったことが、具体的にどういうことになっているのかを想像する練習をしよう。

8-4 ただの「暗記モノ」としてニュースを捉えているだけでは、見たニュース内容を覚えられないし、ニュースを見ることが新たな苦痛になる。なんの力にもならない。「好奇心が最高の参考書」である。

 

 

 

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