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ネットで小論文講座 基礎編 第7講 

【具体例を「具体的」に考えることの重要性】

 

§1 当たり前のことだと言うなかれ

 具体例を具体的に書くことって、あまりにも当たり前のことだから、この回のタイトルを見て怒っている人がいるかも知れません。「当たり前のことをいばって説明すんな!」などとね。もしかしたら私に石を投げつけたり・・・あぁ、やめて下さい(笑)。少なくとも私は大まじめに言っているのですから。

 第3講でくどいくらい強調したように、小論文における読者は大学の先生方です。ですから、みなさんが小論文で書く具体例も、大学の先生が読んで、少なくともある程度は説得力のある具体例でなければならないということは、誰でも理解してもらえることだと思います。

 しかし、この「説得力のある具体例」という言葉の意味を勘違いしている生徒さんが少なくないようだというのも、今まで1000枚以上も小論文を添削してきてようやく私が気づいたことの一つなのです。どうやら、勘違いをしている何割かの生徒さんにとって、「説得力のある具体例」とは、いわゆる

「良い子ちゃん的具体例」

のことになっているようなのです。「良い子ちゃん的具体例」とは何か。それは、

「模範的な高校生が書きそうな具体例」

のことです。模範的なというのは、非の打ち所がないという意味です。したがって、「よい子ちゃん的具体例」とは、

「非の打ち所がない高校生が書きそうな具体例」

ということになります。もうわかりますよね?そんな、非の打ち所がない高校生などめったいにいるものではありませんし、何より、大学サイドが、そういう高校生を本気で求めてはいません。

 

 

§2 大学側は、「良い子ちゃん的具体例」を求めているのではない。具体例にも集中砲火が待っている。

 みなさんが「よい子ちゃん的具体例」に一番多く走るのは、推薦入試対策として「志望理由書」や「自己推薦書」を書くときです。生徒さんは以下のような文章ばかり書いてきて下さるせいで、私はもう一行目を読むところから「またこのパターンか」と辟易(へきえき)することが多いです。

 

<問題例1>(「高校生活において、自分をアピールできる点を述べよ」などの条件がついていたとして)

<答案例>
 私は合唱部の副部長として、部長を支えながら、部長の目が届かないところにまでできるだけ細かく目を配るようにしてきた。その結果、多くの部員からも信頼を得ることができた。いつも他人の立場に立ってものを考えるくせも、そういう経験から自然と身についたのだと思う。その甲斐あってか、わが合唱部は3年ぶりに地区大会最終発表会まで進むことができた。残念ながら全国大会に出場することはできなかったが、私のこの合唱部で得た経験は、大学で学ぶときにも、粘り強さやさまざまな面で絶対に役立つと思う。(約230字)

 

 この文章の何が問題なのでしょうか。「いやあ、3年ぶりに地区大会最終発表会に進むことができたのは私のおかげ、ということを謙虚に書いているし、部活での体験が大学でも役に立つだろうと書いている点で、『今の体験』がこれからも生きると言っているのだから、なかなかいい具体例じゃね?」などと思う生徒さんは意外と多いと思います。しかし、読者である大学教員はそんなに甘くありません。

 

ざっとこのくらいツッコミが入ると考えて良いでしょう。まさに「集中砲火」のように疑問がぶつけられます。こういう「具体例」は、読者である大学の先生にとっては「全然具体例になっていない」からです。志望理由書や自己推薦書は、一回提出したら、読者からのツッコミに答えることはできませんから、体験談をこういう書き方で書く生徒さんは、推薦系はまずダメだ、と思って良いでしょう。まだ面接の方が、こういうツッコミに答える機会が多少でもあるという意味で希望があります。

 「なぜ大学の先生はこんなにツッコミが厳しいのか?」と、ほとんどの生徒さんは思うかも知れません。しかし私に言わせれば、「なぜ生徒のみなさんはこんなに『甘えた言葉づかい』ができるの?」と逆に聞きたいくらいです。

 落ち着いて、上記の生徒になったつもりで考えてみて下さい(ここでも思考実験が重要です)。あなたが「部長を支えている」という実感はどこから来ているのですか?副部長という役職ですか?役職さえ「副部長」であるなら、部長を本当に支えられているのですか?よく、「家族はお互いに支え合って生きている」と言いますが、親なのに子どもを虐待する幼児虐待事件はなぜ起こっているのですか?「親だから」などというタテマエが通用していないいい例です。ある役職につきさえすれば、「誰かを支えている」などという状態を引き起こすわけではないなどということくらいには気づきなさいよ、と読者(推薦担当の大学の先生)なら思うことでしょう。

 「いや、私はいろいろな人に『○○さん(くん)ってすごいね~、部長になればいいのに』などと言われる!」と言い返したくなった人へ。その発言が「おせじ」でないとなぜ言えるのですか?君たち高校生や受験生の世代の人々は、よく「空気を読んで」などという言葉づかいをしますよね?あなたの周りの部員が、空気を読んであなたをおだてているだけで、本当はみんなあなたのことがジャマだと思っている可能性はないのですか?ないとすれば、その根拠は何ですか?どういう体験があったから、「私は周りから信頼を得られている」と感じたのですか?

 ・・・マジでへこんだ人もいるかもしれません。しかしここでふんばらないと、考える力、書く力は身につきません。辛抱のしどころです。

 

 

§3 具体例に対する集中砲火にも負けない方法

 今まで、こういうことを考えたことがない生徒さんが相当数いることも私はわかっています。しかし、小論文において「具体例」を書くときは、例えば上のツッコミ全てに答えられるくらいにくわしく、自分が体験したり見聞きした現象(ここでは「世界」と呼びましょう)と、それを体験したり見聞した自分自身を「見つめ、分析する」必要が出てくるということをわかってほしいのです。

 世界と自分を正面から見つめ、自分にとってはきついことでも「分析」するクセが身につくと、あることがわかってきます。すなわち、

「自分は信頼されるようになった」と書くだけでは何の説明にもなっていない。=いくらでも読者から反論されうる。

ということであり、

・「自分は信頼されるようになった」と読者に伝えたいのなら、どういう体験からそう思うようになったか、その「根拠」の部分をしっかり書く方がよい。

ということでもあります。ということは、自分の体験を「例」として書くときにも、大事なポイントが何であるかは、自ずと見えてくるでしょう。

 

<中間まとめ1>「自分の体験を例として書くとき」

・自分がある思いを抱くに至った体験そのものを整理し直して、「こういう『事柄』があったから私はこういう『思い』を抱くに至った」というイメージを改めて作り、『思い』ではなく、その根拠となる『事柄』をしっかりと書くべきである。

 

とまあ、こういうまとめになります。上のまとめに「根拠」って言葉が入っていますよね?そうなんですよ。「具体例」というのは、具体的に書くことで、何かの「思い」や「主張」を支える「根拠」と似たような役割を果たすことになるのです。そこでまとめの2です。

 

<中間まとめ2>

・具体例は、うまく書ければ、「根拠」と似たような役割を果たせる。(ただ、前回強調したように、具体例は「定義」にはならない)

 

 すでに小論文を書いたことがある生徒さんは、赤ペンで「具体例がない!」と書かれた人が多いと思います。そういう赤ペンが入った場合は、

① 本当に具体例がない。

だけでなく、

② あなたとしては具体例を書いているつもりかも知れないが、具体例になっていない。

こういう可能性もこれからは考えてみて下さい。実はこっち(②)に当てはまっている生徒さんの方が多いですよ、私の実感としては。ほら、タイトルに書いたように、「具体例は、具体的に書かなければならない」という言葉の重みがわかるでしょ?

 

 

§4 ここまでを踏まえて、改めて解答例を書き直す

 というわけで、先ほどの例を「私が合唱部副部長だったら」と思考実験して書き直してみます。

 

<答案例2>
 私は高校で合唱部の副部長だった。部長は自分にも他人にも厳しいタイプのようで、歌唱力は見事だったが、練習の時には、その厳しさからよく怒鳴っていた。怒鳴られている部員をよく見ていると、どう歌って良いかわからなくて、戸惑っているように見えることも多かった。そこで私は、休憩時間などに、よくそういう部員に声をかけては、当人が納得して歌えるように、部長のメッセージを私なりに解釈して伝え直してきた。それが功を奏したせいか、練習の後半には部長が怒鳴る機会もぐっと減り、何より全員で歌っていて、大きな一体感に包まれるように感じる瞬間が増えてきたように思う。

 合唱部としては、大会で賞を取ったり、大会を勝ち進んだりすることが重要なのかも知れないが、私は、合唱部全員が一体感の中で歌えていたということが一番うれしかった。こういう体験を通して、自分ができる役割を精一杯果たすこと、単にうまく歌うことだけでなく、それぞれの部員が困っていることを正面から聞いたり、他者のメッセージを自分なりに言い換えて他人に伝えたりすることの重要性を痛感した。大学に入っても、個人だけでなく、グループで研究を進めることもあると思うが、そのようなときに、私のこの体験はきっと生きると思う。
(約500字)

 

 どうですか?字数がぐっと増えただけでなく、「信頼されるようになった」という言葉すら使わずに、

・体験(例)  →  そこから得たこと(主張、まとめ)

という流れがきれいに見えるでしょ?それだけでなく、この生徒さんが合唱部副部長として、どういう体験をしたかが、例1よりはるかに「具体的に=リアルに」伝わってくると思います。しかも、あえて話の焦点を「私はどこで苦労したか、どこでがんばったか」に絞り、地区大会最終発表会に残ったなどの話は省いています。このように、勝負所を絞るというのも、小論文では極めて重要なポイントの一つです。そこでまとめの3です。


<中間まとめ3>

・推薦対策にせよ一般の小論文にせよ、「自分が書ける論点」に絞るのは重要な作戦である。

 

 ただ、一般の小論文では特に、論点を絞るときにはテクニックも必要になるので、それはまた別の回に書きます。ここではまず、

・具体例は具体的に書くこと。

・字数の都合もあるので、書きたいことを絞ること。

の重要性を、それこそ具体例を通して納得してくれればまずはOKです。

 今後、具体例が具体的に書けるようになると、むしろ字数が多すぎるぐらい書けるようになってしまうので、経験を積むことで、「どういうときはどのくらい書くのがいいのか」ということを体で覚えていくという作業になります。こういう意味でも、実際に小論文を書いて、信頼のおける大人に添削してもらうということが重要になってきます。ぜひ添削してもらって下さい。

 

 

§5 余談ではあるが、自己推薦書に対するまちがった姿勢の紹介を

 あとは余談になりますが・・・

 7,8年前でしょうか。とある予備校の講師室でボケッとしていたら、別の先生への質問を待っていた女子生徒たちが、ひそひそと

「自己推薦書って書くの難しいよね~。自慢げに語るんじゃなくて、さりげなく自分を自慢しなきゃならないんだからさ」

とニヤニヤしながらおしゃべりしていたことを私は今でもハッキリと覚えています(笑)。私はそのときに思ったものです。「この生徒が推薦で出願したら絶対に落ちるな」と。志望理由書にせよ自己推薦書にせよ、重要なのは「自慢げに語っているかどうか」ではなく、「自分の体験は『具体例』なのだから、まずはその具体例がどのくらい『具体的』に書けているか」なのです。具体例を具体的に書けるということは、「世界や自分をどれだけこまかく観察・分析できているか」という能力と密接な関係があります。具体例を具体的に書けるということは、そのできごとを詳しく覚えているということであり、世の中や、あることを感じた自分自身を冷静に見つめることができるということでもあるのです。少なくとも大学の先生はそういう観点でみなさんの「体験」=「具体例」を見ようとしています。

 であるならば、自分の体験や、そこで得られたことが「自慢げに」とか「謙虚に」語っているかどうかなど、全くどうでもいい話なのです。重要なのは、まず、具体例が本当に「具体的」になっているかどうかと心得るべきです。具体例が本当に具体的ならば、読んでいる側としては全然「自慢げ」に感じませんし、そもそも読者側も、「自慢げか謙虚か」などという発想であなたの志望理由書や自己推薦書を読む必要がなくなります。

 

 余談の2つ目。こっちはちょっといい話です(笑)。

 ある生徒が「去年あったニュースの中で、自分が気になったものについて小論文を書きなさい」という問題を持ってきました。その生徒は「自殺者増加」というニュースをとりあげ、

「自殺は良くない。どんな人でも頼れる人はきっといると思う。私なら、その人の悩みを心から聞いてあげたい。そういう人が増えれば、自殺者はきっと減るだろう。」

などの文章を書いてきました。もうおわかりだと思いますが、典型的な「よい子ちゃん的具体例」ならぬ、「よい子ちゃん的主張」になっちゃってます。 なぜ「よい子ちゃん」かって?実際に、この生徒さんは、他人の悩みを心から聞き、自殺しようとしている人を止められる自信が持てるようになるかどうかなどわからないからです。そもそも、その人の悩みを心から聞くことができれば、自殺が止まるかどうかもわかりません。典型的な、「理想ばかりを語り、現実を全く無視した記述」に終わっているのです。これが「よい子ちゃん的主張」というものです。

 そこで私はその生徒に尋ねました。

「自殺してしまう人って、死ぬ前はどういう気持ちになると思う?あなたの言うように、死ぬ前に誰かに頼ろうとできる心理状態だったら、なぜ自殺するの?まわりが『相談してくれ』と言っても、その言葉さえ信じられなくなったから、自殺しちゃう人も多いんじゃないの?」

 すなわち「もう少し問題を具体化してごらん」というアドバイスをしたつもりでした。ところがその生徒、私のこのツッコミの後しばらくして、シクシク泣き始めました。私も始めは書き直しができなくて泣いているのかと思ったのですが、よく聞いてみると、

「自殺しようとする人のことを考えてみたら、泣いてしまった」

とのこと。私はハッとしました。この生徒さんは、私がツッコミを入れるまでは、「他人ごと」としてしか「自殺」を考えていなかったのです。それが、「自分のこと」として「自殺」を考えるようになった、すなわち、「自殺」という現象を「自分のこと」として「具体化」し始めたのです。その結果、泣いて何も書けなくなったのです。

 こういう生徒さんは、本格的に小論文を鍛えると、爆発的に伸びます。ただ、週1回程度の授業では、なかなか時間が足りないというのと、この生徒さんは数週間後にすぐ推薦入試を控えていたということで、結果としては爆発的に伸びたとは言えなかったのですが。

 ただ、この生徒さんは、次の回から、自殺について書かなくなりました。これはこれでとても賢い選択だと私は思いました。問題を「自分のこと」として置き換えることで、気楽に選んだテーマが

・今の自分ではとてもじゃないけど書けない

テーマだと気づくことはよくあります。そのときに、無理してそのテーマについて書ききろうとしても、考える力や書く力がそれに追いついていないと、ますます書けなくなって、かえって「あたしやっぱり小論文書けない!」と爆発してしまうことが多いのです。それで、書く気をなくされる方が、先生としても困りますし、何より当人が一番困ると思います。だから「今書けないことは書かない」という姿勢は決して悪いものではないのです。その意味で、ちょっと昔、偉い哲学者がこんなことを言っていたことを紹介しておきます。

「語りえぬものについては、沈黙しなければならない。(ヴィトゲンシュタイン)」

ま、このフレーズの本来の意味はちょっと違うので、みなさんはこういう意味でこのフレーズを小論文に引用しないで下さいね(苦笑)。ただ、本来の意味がわからなくても、胸に刺さる言葉だとは思います。もう少し一般的(笑)な格言として、以下の言葉を挙げておきましょうか。

「君子、危うきに近寄らず。」…人間的によくできた人は、危ないことに近寄らない。

 ・・・ことわざコーナーはこのくらいにして、「今の自分には大きすぎる問題からは逃げるのも大事な作戦」ということは、ぜひ知っておいてほしいことです。

 でもそういうテーマが出たらどうするんだって?鋭い質問ですね。それは上級者向けテクニックになるので、またの機会に書くことにします。楽しみにお待ち下さい。

 

 

<第7講 まとめ>

7-1 具体例は、うまく書ければ「根拠」と似たような役割を果たせる。

7-2 特に、自己推薦系の文章では、具体例がうまく書けるかがかなり大きなポイントとなる。

7-3 具体例として自分の体験を書くときは、「何を伝えるための体験なのか」と、「どういう体験だったか」を冷静に分析し直してから書くこと。 キーワードは「世界と自己の分析」である。

7-4 論点を自分で選べるタイプの問題の場合は、「自分が書ける範囲のテーマ」に絞って、その分だけ詳しく説明するという作戦が有効である。

 

 

 

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