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ネットで小論文講座 基礎編 第0講 

【小論文が苦手なら、「樋口式」「○○式」などは一回やめて下さい】

 

§1 大学で求められる「論文」を小さくしたものが「小論文」

 つい最近まで、私は小論文を教えたり採点をしたりするときに、他の講師がどのように小論文を教えているかについてはあまり関心がありませんでした。なぜなら、私にとっての小論文とは、大学に入ってからさんざん書かされる「レポート」や「卒業論文」を先取りしたようなものであって、優れた小論文とは、大学生が書くような「論文」を短くしたようなものであるからです。

 どの大学でも、大学生が書く優れた論文には共通の特徴があります。それは例えば、論理展開の明確さや、例の的確さ、そして問題意識の深さやそれに応じた参考資料のフォロー具合(重要な参考資料をあらかじめ読んでいるか)などです。このうち、大学入試として書く「小論文」では、一番最後に挙げた「参考資料のフォロー」についてはどうしようもないわけですから、採点者もそこは採点基準には入れていないと私は考えています。逆に言えば、

・論理展開の明確さ
・例の的確さ
・問題意識の深さ

については、どの大学の小論文でも、同じように厳しくチェックされ、採点されると私は考えています。

 だとすると、人文系だろうが医系だろうが、国立だろうが私大だろうが、北海道だろうが九州・沖縄だろうが、そういう「小論文」を指導する教師たちは、上記の3点を強く意識した指導を行うものだろうと私は当然のように思っています。なぜなら、そうでなければ、読んでいて「合格させたい」と思えるような小論文にはならないだろうからです。

まとめると、

① 大学に入ってから要求される「良い論文」の条件は、大学によって違う点はほとんどない。

② したがって、大学入試で小論文が要求される場合も、どの大学でも条件はあまり変わらないだろう。

③ したがって、大学入試のための小論文指導も、講師によってそんなに大きな点は変わらないだろう。(細かい点や、先生のキャラクターなどは千差万別でしょうが)

こう私は、小論文講師として、大学側の採点基準を「推測」しているわけです。

 

§2 最近ぐっと増えてきた「不思議な小論文」

 ところが、ここ数年、生徒たちの書く小論文が「完全に意味不明」になっていることが増えてきました。特に、授業で直接小論文を教えておらず、採点だけ頼まれた生徒や、個別指導で、初回に持ってくる生徒の答案などが、以下のような状態になっていることが増えてきました。

まあ以下の文章例を読んでみて下さい。

<ある生徒の解答例>(とある交通事故についての課題文が与えられており、その交通事故の被害者に共感しようとしない学生たちを見て、筆者は「個人主義の行き過ぎ」を危惧するような主張をして終わっている。)

 

『 私は筆者の意見に賛成だ。なぜなら最近の学生は何でもひとごとのように対応するからだ。

 確かに、それは自分に起きたことではないかも知れないし、自分には関係ないことかも知れない。しかし、その人の立場に立って考えてみることはとても重要なのだ。例えばこの例でもそうだ。(以下具体例)

 まして○○さんは亡くなった。どう考えても加害者の方に責任がある。それなのに、加害者は執行猶予つきで刑務所に入ることもない。さらに、損害賠償の交渉も支払いも保険会社が代行した。加害者の信号無視で被害者は命を奪われたのに、加害者は以前と変わらぬ生活を送っているのだ。そんなのおかしいはずなのに、学生からの反応は信じられないものだった。

 それは~だった。(以下、課題文の写しのような文章)(段落変わらず)所詮いろいろな考え方があるからと、始めから議論を高める努力を放棄してはいけないのだ。一人一人がいろんな人の気持ちを考える必要があるのだ。そうすれば、今の若者の考え方も変わってくるかも知れないのだ。 』

(全体としては800字弱を、450字程度に圧縮)

 

 この答案に対して、採点者としていろいろ「ツッコミどころ」はありますが、この答案で一番理解できないのは、なぜ二段落目の冒頭に「確かに、~だ。しかし、・・・だ」という構文が入っているのか、という点です。「確かに、」という言葉(接続表現、あるいは副詞)は、「ここから読者からの反論を予想したものを書きますよ」という宣言を示す「記号」です(母国語である日本語を、自分で意識しながら使えていますか?)。そしてその直後に「しかし」という接続詞を続けることにより、その「予想した反論」に対して筆者(あなた)が再反論することで、「私は読者からの反論も予想した上で論文を書いてますよ」と読者に示すための、なかなか高度なテクニックなのですが、残念ながらこの文章の場合、1段目がこのくらいの分量だと、2段目は、1段目の補足説明をしなければなりません。それが、小論文の筆者として、はるかに優先順位が高い「仕事」なのです。少なくともこのままでは、次の段落で、いきなり読者からの反論を想定するステップにはたどり着けていないのです。

 なぜなら、1段落目に結論を書くのはわかりやすいことなのでほめてあげたいのですが、採点者としては、次に、

「どのように賛成なの?なぜ賛成なの?」

という、「具体化する部分」が読みたくなるからです。この文章例では特に、「ひとごとのように対処する」の部分を、もう少し詳しく読みたくなるだろうと読者は思うわけです。

 ところが、この答案では、その説明をする前に、いきなり「確かに」という「反論予想部分」が来ています。しかも、「それは自分に起きたことではないかも知れないし、自分には関係ないことかも知れない」と書いてある「反論予想」の部分が、読者にとっては「なぜいきなりその話に飛ぶの??」と思わざるを得ないほどの「話題の飛びよう」なのです。小論文の読者は、「いや、それ以前に、『ひとごとのように対応する』ってどういうこと?もっと詳しく教えてよ!」あるいは「最近の学生って誰よ??キミの妄想の中だけでの『最近の学生』だけなんじゃないの?」などと、まずは思うわけです。

 最近はこのように、2段落目でいきなり「確かに~。しかし…。」という「構文」が出てくる答案が増えてきました。しかし、「確かに~。しかし…。」構文を使っている生徒さんのほとんどが、今指摘したように、結論や主張が何なのかよくわからないまま、いきなり「確かに」と始まるのです。これでは、読者(採点するのは大学の先生であることを忘れないで下さいね)からすると、

 

「なんじゃこの文章は・・・読者をバカにしているのか?」

「あ、この生徒は、自分で何を書いているかわからないまま、ただ字数を埋めてるだけだな。ハイ不合格答案(と、大きく×をつけて終了)。」

などと反感を持つだけで、小論文を書いたこの生徒さんにとって、良いことは一つもないのです。

 こういう答案に何度も何度も接することで、さすがに鈍い私でも合点がいきました。「こういう形を使えという指導が流行しているのかな」と。

 

§3 いわゆる「樋口式」を分析する

 インターネットで「確かに 小論文」などと検索すると、樋口裕一先生が出てきます。15年くらい前から売れ始めて、5、6年前にはベストセラーもお出しになっていたと記憶しています。どうやら、多くの生徒さんはこの「樋口式」の「型」を使って小論文を書いているようなのです。しかし、今の例でわかるように、現状として、樋口式をうまく使いこなせている生徒さんは、ほとんどいません。特に、さっき挙げたような生徒さんの場合、「1段目の説明が足りない」など、「自分で何を書いているかを冷静に把握しなければならない」段階にいるだけに、重要なのは書く「型」ではなく、「何を、どのくらい考えるべきか」という、「考える」作業の方です。こちらをもっともっと大切にしなければなりません。

 ですから、樋口先生には申しわけないのですが、特に小論文に自信がない生徒さんに対しては、

「意味もわからないまま、ただ『樋口式』を使うのはやめなさい。」

と言わねばなりません。

 私が樋口先生の著書を読んだ限りでは、こう書いてありました。

 

<樋口式四段階構成法>

1.問題提起の部分。小論文全体の10%ぐらいの分量が適当で、設問について、イエス/ノーで答えられるような形に問題提起する。

2.意見提示の部分。ここで、「確かに、~。しかし、・・・」構文を使うと良い。反対意見に考慮した上で自分の意見を提示しよう。分量は3~4割。

3.展開の部分。ここが最重要で、ここ次第で小論文としての価値が決まる。問題の背景なども含めて掘り下げよう。分量は4~5割。

4.結論の部分。ここで結論を書こう。 分量は1割程度。

 

 ・・・正直に言って、この「型」でうまく書ける小論文の問題は、推薦でも一般入試でも、非常に少ないと言わざるを得ません。なぜなら、課題文やグラフがあらかじめ与えられている場合には、その読解や分析を示す部分が必要になるので、上のステップ1のような、問題提起の部分がいらなくなる代わりに、課題文やグラフなどを読解したり、分析したりする部分が必要になるからです。

 それより、そもそも、小論文というのは、書く「型」がわかりさえすれば、あとは漢字をまちがえた数や、字数の多い少ないだけで差がつくようなものではないということを知ってほしいのです。すなわち、「書き方」以前に、「考え方」や「考える経験」(そしてその前段階としての「悩む経験」)をもっともっと積まなければならないのです。

 逆に言えば、小論文に対して「考える経験」をある程度積めば、樋口先生自身も著書でおっしゃっているように、「この樋口式自体もアレンジできる」ようになりますから、ただこの型に日本語を流し込んでいるだけの「意味不明」な小論文ではなくなってくると思います。

 

 そんなわけで、このサイトでは、小論文に苦手意識を持っている人が、どう悩めば、少しずつ小論文が書けるようになるかをまじめに考えていきたいので、改めて、こう言わせて下さい。

「小論文に苦手意識があるのなら、まず『型にはめる』『型に合わせて書く』という発想をやめなさい」と。

 この後、講を進めるにつれて、少しずつ教えていきますが、このサイトでは、「慣れないうちは字数も気にしないでね」と教えていきます。ですから、何か有効な「型」を使わないと字数が埋まらないという不安は全く不要です。これが、このネット講座の最大の特徴だと思って下さい。

 

 ではまとめます。

 

 

 

<第0講 まとめ>

0-1 とりあえず「樋口式」は一度ストップしてから学ぶべき。その他の、「型に流し込むような方式」もやめるべき。小論文が苦手な生徒ほど、まず「悩む練習」から始めなければ、「考える力」という、小論文で採点者が最も「マル」をつけたがっている力(ポイント)が、いつまで経っても身につかないからだ。

 

 

※なお、いわゆる「背景知識」を得るという意味では、樋口先生だろうがどの先生だろうが、読んだ分だけ得るものがあると思いますので、背景知識を仕入れるために、いろいろな小論文の参考書を読むことは、むしろどんどん行って下さい。小論文で必要な知識については、詳しくは基礎編の第8講で教えます。

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